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名古屋地方裁判所 昭和47年(ワ)2753号 判決

原告

全逓信労働組合

右代表者

下田善八

右訴訟代理人弁護士

小池貞雄

外二名

被告

右代表者

稲葉修

右指定代理人

松崎康夫

外九名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  双方の申立

一、原告

(請求の趣旨)

(一) 被告は原告に対し名古屋市昭和区桜山町六丁目一〇五番地所在昭和郵便局二階食堂内別紙図面その一表示の壁面に別紙図面その二表示の縦八〇センチメートル、横一三九センチメートル以上の大きさの掲示板を設置し、同掲示板を原告に使用させなければならない。

(二) 被告は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和四八年一二月三日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

(四) 仮執行の宣言。

(予備的請求の趣旨)

(一) 被告は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和四七年四月三日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

主文同旨。

第二  請求の原因

一、原告は郵政省に勤務する労働者を主体として組織する労働組合であり、その下部組織の一つとして原告の組合員のうち昭和郵便局(以下「昭和局」という。)及び瑞穂郵便局に勤務する者で全逓信労働組合昭和瑞穂支部(以下「昭瑞支部」という。)を組織している。

二、原告はその傘下の各支部を通じ各事業場内に専用の組合掲示板を設置することについて郵政省に申入れ、その承諾を得てこれを設置し使用しているが、昭瑞支部においても名古屋市昭和区桜山町六丁目一〇五番地所在の昭和局庁舎の一階洗面所入口東側掲示板全部(以下「一階掲示板」という。)及び二階食堂内掲示板の北側二分の一の部分(以下「本件掲示板」という。設置場所及び面積は別紙図面その一、その二記載のとおり。)の二箇所を同支部の専用掲示板として供与を受け占有使用してきた。

本件掲示板は、昭和二九年頃被告により設置されたものであるが、昭和三五、六年頃から昭瑞支部(当時昭和支部)が昭和郵便局長(以下「昭和局長」という。)よりその南側二分の一の貸与を受けて占有使用し始め、次いで昭和三七年頃貸与部分が北側二分の一に変更されたが、昭瑞支部は、貸与を受けて以来一貫してこれをその専用掲示板として使用してきた。

三、昭和局長は、昭和四七年三月一四日昭瑞支部に対し、本件掲示板を撤去するから同月一七日までに掲示物を全部取りはずすよう申入れた。同支部はこれを了承せず、右申入れ直後を第一回として同月一八日、二五日、三〇日と計四回にわたつて同局管理職と交渉をもつたが、撤去の必要性を首肯するに足る合理的理由は示されなかつた。右一八日、二五日の交渉の際前記申入れと同趣旨の申入れがあつたがこれも了承しなかつたところ、右三〇日の交渉の際、昭和局長は、「四月一日食堂掲示板を撤去する。それまでに掲示物は全部撤去されたい。」旨の最終通告を行ない、昭瑞支部がこれにも応じなかつたところ、同年四月三日本件掲示板を実力で撤去してしまつた。

四、本件掲示板使用関係は、昭和局二階食堂内の壁面上に設置された掲示板についての使用貸借契約ないしは一定の条件の下に同掲示板に継続的に組合掲示物を掲示することを許す掲示板使用契約関係と解すべきであり、次の理由により本件撤去は許されない。

(一)  被告は、本件掲示板は汚損き損が甚しかつたので、局舎内外の環境整備の一環としてこれを廃棄し、一階掲示板の面積を拡大することとして、掲示許可を変更したものであることを理由としているが、一階掲示板の面積は若干拡大された程度にすぎないから、掲示許可の一部取消がなされたことは明らかであり、右一部取消は前記使用貸借契約ないし掲示板使用契約の部分的解約の意思表示と解すべきところ、民法五九七条に定める解約事由のいずれにも該当しない。

すなわち、本件掲示板の汚損き損は掲示板自体を廃棄しなければならないほどはなはだしくなく、仮にそうであつたとしても、新しい掲示板を設置すれば環境整備の目的は充分に達成されるのであり、新掲示板の設置が経済的に不可能である筈もないのであるから、右汚損き損をもつて解約理由とすることはできない。

(二)  行政財産たる本件掲示板に前記の如く原告に私権を設定しても国有財産法一八条に違反するものではなく、同条三項の目的外使用については、同法一九条により準用される同法二二条三項、二四条一項に特別の解除事由が定められているが、被告には右いずれの解除事由も存しない。

(三)  右(一)、(二)の解約事由が認められたとしても、それは権利の濫用もしくは後記のごとく不当労働行為として無効である。

五、本件掲示許可が、仮に行政財産の許可使用或いは特許使用であるとすれば、本件掲示許可の変更は、許可の部分的撤回に該当するが、前述のように環境整備のための必要からしても廃棄しなければならない理由はなく、公益上の必要があるとは言えないから、右撤回は違法である。

六、本件撤去は、何ら正当な理由もなく原告の組合活動上不可欠である本件掲示板使用を妨害したもので、労組法七条三号に該当する不当労働行為である。

(一)  従来、郵政省における庁舎等の管理については「郵政省就業規則」(昭和二八年六月一〇日公達第六〇号)によつており、職員の組合活動のための事業用の諸施設等の使用の詳細については郵人管四二九号「郵政省就業規則の取扱について」において「さしむき従前の取扱いによる。」とされており包括的な規定を欠いていた。このため組合掲示板或いは掲示物の取扱いについても必ずしも統一されてはおらず、掲示板についてはそのほとんどが組合において調達或いは製作したものを省側の了承を得た場所に設置して使用し、掲示物についてもほぼ個別的に承認を得ることなく、組合の自主的管理に委ねられてきたのであるが、同省は昭和三七・八年頃から強硬な労務政策を各局所の管理者に指導し、掲示物についても従前の慣例を無視してすべて個別に事前許可を要求するに至り、昭和四〇年一一月二〇日には「郵政省庁舎管理規程」(公達第七六号)を制定したが、同規程四条は「庁舎管理者は、庁舎等における秩序維持等に支障がないと認める場合に限り、庁舎等の一部をその目的外に使用することを許可することができる。」と定め、さらに六条は「庁舎管理者は、法令等に定めのある場合のほか、庁舎等において、広告物又はビラ、ポスター、旗、幕、その他これに類するもの(以下「広告物等」という。)の掲示、掲揚又は掲出をさせてはならない。ただし、庁舎等における秩序維持等に支障がないと認める場合に限り、場所を指定してこれを許可することができる。」と定めている。そこで、原告中央本部は掲示物の取扱いについて協約化を要求して郵政省と交渉を開始したが同省の容れるところとならず、結局、主要な対立点であつた事前許可と許可条件のうち、前者については一括事前許可制とすること、後者については原告としては了承できないものであることを明らかにすることによつて解決をはかることになつた。この合意に基づいて郵政省は、昭和四一年三月一〇日依命通達「郵政省庁舎管理規程の取扱いについて」により「郵政省庁舎管理規程」六条の「場所を指定してなす許可」の取扱いのうち組合等恒例的に広告物等を掲示しようとする者があるときは各広告物についての個別的許可によらず、掲示申出ごとの許可に代えて、掲示許可願を提出させ、あらかじめ一括的に許可してさしつかえないものとして、その掲示許可は、掲示許可書を交付してなすものとされた。

(二)  昭瑞支部においても、同支部長が昭和四一年一一月七日当時既に使用していた一階掲示板及び本件掲示板について昭和局長に対して一括事前許可制による使用許可を求め、同局長は同月八日これを許可し、同支部長に対して掲示許可書を交付した。

(三)  昭和四一年四月三日、原告東海地方本部と名古屋郵政局(現、東海郵政局)の間で行なわれた団体交渉の席上、同郵政局は同地方本部に対して、掲示板は一事業所一箇所の原則でのぞむが、従来の実績は認める方針であるとの意向を表明した。

(四)  しかるに、被告は、昭瑞支部が貸与を受けて以来、一貫して原告組合員及び原告組合員以外の郵政省職員に対する情報の伝達、教育宣伝の用に供してきた本件掲示板を撤去し、その使用を妨害したのであり、昭和局長の本件措置は原告の組合活動に対する不当な支配介入である。

七、よつて原告は、被告に対し、

(一)  前記使用貸借契約ないし掲示板使用契約上の義務の履行を求めるため、又は団結権侵害の不当労働行為に対して民法七二三条に準じて原状回復を求めるため請求の趣旨一項記載の

(二)  右債務不履行又は団結権侵害の不法行為によつて、原告の団結権を著しく毀損されたことによつて原告が蒙つた無形損害の額は月五万円をもつて相当とするところ、そのうち昭和四七年四月三日から昭和四八年一二月二日までの二〇ケ月分計一〇〇万円及びこれに対する被告の右賠償義務が遅滞に陥つたことの明らかである昭和四八年一二月三日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため請求の趣旨二項記載の

各判決を求める。

八、(予備的請求の原因)

昭和局長は、昭和局庁舎の庁舎管理権者であるが、本件掲示板を撤去することが原告の団結権を著しく毀損することを知りながら、又は容易に予知し得たはずであるのに、本件撤去に及んで原告の団結権を侵害し、もつて原告に対し無形の損害を与えたものであり、それを仮に金銭に換算すれば、その額は一〇〇万円もつて相当とする。

よつて、原告は国家賠償法一条及び民法七〇九条、七一五条に基づき、被告に対し右一〇〇万円及びこれに対する本件撤去の当日である昭和四七年四月三日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。〈以下略〉

理由

一請求の原因一項の事実及び昭和四七年四月三日昭和局長が本件掲示板を撤去したことは当事者間に争いがない。

二(郵政省における掲示物の取扱い)

〈証拠〉によれば次の事実が認められる。

郵政省においては、従来「郵政省就業規則」(昭和二八年六月一〇日公達第六〇号)及びその運用通達により、組合の庁舎利用のうち組合の名による掲示は、組合と協議のうえあらかじめ指定した一定の場所に限り認め、掲示類は、原則として事前に局所長の承認を得させるものとし、人身攻撃、政治活動にわたるなどの内容のものは認めないこととされていた。次いで、昭和三六年二月二〇日通達第一六号により右就業規則は全面改正されたが、掲示物の取扱いについてはさしたる変化はなかつた。

ところが、昭和三六年頃から掲示物の取扱いについて原告と郵政省との間で紛争が表面化した。主要な問題点は、事前許可制に基づく手続の問題と、掲示物の内容に関する許可基準の問題の二点であつた。原告中央本部は、郵政省に対し、事前許可を得ていないことを理由に組合の掲示物を一方的に剥すことは即時とりやめ、組合が要求する掲示板を自由に使用させることを認めてこれを協約化するよう申入れ、同省と交渉を重ねた結果、掲示物の内容に関する許可基準の問題については早期に解決に至る見込みがなかつたため、これを切り離して手続問題についてのみ、昭和四〇年八月、前記改正就業規則の運用通達(昭和三〇年二月二〇日郵人管第三八号)の一三条七項関係に「ビラ、ポスター類の掲示について、組合等恒例的に掲示を希望する者から申出があつたときは、掲示申出ごとの許可に代え、掲示許可願を提出させビラ、ポスター類の掲示をあらかじめ一括的に許可して差しつかえない。この場合ビラ、ポスター類の内容が政治的目的を有するもの、庁内の秩序維持もしくは災害防止のため適当でないもの、郵政事業もしくは官職の信用を傷つけるようなもの、または、人身攻撃にわたるものは掲示させないこと」とする一号を加えて改正し、組合は各局所ごとの組合責任者名で前記改正に基づく一括許可を各所属長に求める掲示許可願を提出し、所属長から許可された以降は、特に期限をつけず、また役員が交替した場合でもその都度出し直す必要はないこと、組合は組合掲示物に何らかの形で責任者名を表示する、従来の事前許可をめぐる紛争で第三者機関や訴訟で争つているものは取下げることが双方で確認された。そして同月二〇日右確認に沿う運用通達の改正がなされた。(同日郵人管第一六二号)

しかしながら、右改正において定められた許可願の様式は許可と同一の書面になつていたため、同年八月に開かれた原告の全国大会において、前記許可基準に基づく条件が付された許可と同一の書面になつていることは、客観的に組合がこの条件を承認したものと見られる危険性があるとの異議が出され、原告中央本部がこの点に関し郵政省と再交渉した結果、昭和四一年三月組合が提出する掲示許可願と省側の出す掲示許可書とを分離した様式にするとの結論に達した。

昭和四〇年一一月二〇日「郵政省庁舎管理規程」(同日公達第七六号)が制定された。同規程四条及び六条には原告主張のごとき規定が存し、同規程に関する運用通達(昭和四一年三月一〇日郵官秘第二六二号)は、右両条の許可は国有財産法一八条の使用許可ではなく、申出により庁舎管理者が権限のわく内で事実上使用することを許可するもので、権利を設定する行為ではないとし、さらに六条に関し前記結論に基づく様式により一括許可してさしつかえないものとし、この場合、広告物、ビラ、ポスター類の内容が法令違反にわたるもの、政治的目的を有するもの、郵政事業もしくは官職の信用を傷つけるようなもの、または、人身攻撃にわたるものは庁舎等の秩序維持に支障があるものとして、掲示させないこと、及び、広告物、ビラ、ポスター類に責任者名を表示させることとしている。また、同規程八条は一項で「庁舎管理者は、前四条の許可をする場合においては、必要な条件を付し、又は関係者等の守るべき事項を指示することができる。」とし、二項で「庁舎管理者は、前項の条件又は指示に反する者があるときは、その者に対して違反事項の是正を命じ、又はその許可を取り消すことができる。」としており、さらに一二条では六条の許可を受けず又は八条一項により付した許可条件又は指示に違反して掲示された広告物等の撤去を関係者に命ずること、その命令に従わないときには庁舎管理者において自ら撤去できることとしている。

三(本件掲示板の使用関係)

〈証拠〉によれば次の事実が認められ、〈証拠判断省略〉

(一)  本件掲示板は、もと昭和二四年に郵政省の広告広報業務の用に供するため昭和局庁舎の一階公衆室に取り付けられたもので、昭和三〇年七月に同庁舎二階食堂の西側壁面に設置場所が移転され、同時にモケットが取りはずされ、引き続き局の周知用として使用されてきた。昭和三五年暮頃、右食堂の模様替えが実施されたが、その際売店が西側に移転するとともに、本件掲示板も東側壁面(本件撤去時の場所)に移転し、その頃から昭瑞支部(当時の昭和支部)が本件掲示板の北側二分の一を使用するようになり、本件撤去に至るまで継続して同支部において使用してきた。

昭和四一年一一月八日、前記「郵政省庁舎管理規程」及びその運用通達による一括許可制に基づき、昭和局庁舎の庁舎管理権者たる昭和局長高橋美次は、昭瑞支部長長嶋満夫からの掲示許可願に対して掲示許可書を交付したが、それ以前は、前記「郵政省就業規則」等に基づき同支部書記長が各掲示物を庶務課労務担当主事に提出して掲示許可をもらう個別許可方式により右掲示板を使用していた。(昭和四一年一一月八日昭和局長が一括許可制に基づく掲示許可書を昭瑞支部長に交付したことについては当事者間に争いがない。)

ところで、右掲示許可書は、本件掲示板の北側二分の一及び当時既に同支部において使用していた一階洗面所入口東側黒板(一階掲示板)の双方を掲示場所として指定し、法令違反にわたるものなどの掲示を禁ずる前記許可基準に基づく許可条件が付され、さらに掲示物には責任者を表示すること、前記掲示場所ないし許可条件に違反する掲示物については、庁舎管理者から撤去を命ぜられたときはすみやかに撤去し、その命令に従わない等の場合には庁舎管理者において撤去すること、その他庁舎管理者の庁舎管理上の必要に基づく指示に従うことを関係者の遵守事項として明記している。

(二)  右認定の事実によれば、昭和四一年一一月八日以前は掲示物ごとの個別許可方式により、又同日以降は一括許可により本件掲示板の北側二分の一は事実上昭瑞支部の専用掲示板として使用されてきたことが認められるが、右の事実のみをもつてして本件掲示板使用関係が原告主張のごとき使用貸借契約ないしそれに準ずる掲示板使用契約と解しうるか否かの点についてはなお検討を要する。

本件掲示板を含む昭和局庁舎は、国の郵政事業の用に供するものとして国有財産法三条にいう行政財産(企業用財産)に属するものと解すべきである。そして同法一八条三項は用途又は目的を妨げない限度において行政財産の使用又は収益を許可することが可能なことを規定している。しかしながら右行政財産の目的外使用許可によつて発生する使用権が私権の性質を有するか否かは具体的諸事情を加味して判断しなければならない。ところで「郵政省就業規則」等に基づく個別許可の方式により本件掲示板にビラ、ポスター類を掲示することが許されていた時期については、人身攻撃、政治活動にわたるもの等の掲示は許されず、ただ昭和局長の許可を得た場合にのみ本件掲示板の使用を許されていたにすぎないのであつて、掲示板の占有は庁舎管理権者たる昭和局長が有し、昭瑞支部はただ掲示許可を得た掲示物の掲示場所として本件掲示板を指定され事実上本件掲示板を使用することを許されていたのみで、原告が本件掲示板につき私法上の権利を有する関係であつたとは到底解することができない。「郵政省庁舎管理規程」及びその運用通達に基づく一括許可の方式に移行した以降については、掲示物ごとの許可によらず昭瑞支部において継続して本件掲示板を占有し、自由にこれを使用していたように見えるが、現実には右規程等に基づく前記許可条件に違反しない限りにおいて、かつ、最終的には庁舎管理権者において掲示物の撤去をもなし得ることとする関係者の遵守事項が明示されたうえ本件掲示板の使用を許されていたのみであつて、原告の本件掲示板使用は事実状態を出でるものではないというのほかはない。結局、本件掲示板使用関係をして原・被告間の私法上の契約関係と解することはできず、右契約関係を前提とする原告の主張は理由がないことに帰する。

四(本件掲示許可の性質)

(一)  〈証拠〉によれば、昭和局長下川真一は、昭和四七年三月一四日、昭瑞支部長小切間英一に対し、前記昭和四一年一一月八日付一括許可を、掲示場所を昭和局庁舎一階湯沸室入口上部掲示板に変更したうえ許可し直したことが認められる。右の事実によれば、前記昭和四一年一一月八日付一括許可のうち、本件掲示板を掲示場所とする部分が取消されたことは明らかである。

(二)  ところで、郵政大臣は、国の郵政事業に供するための行政財産をその目的に沿うよう維持、保存及び運用する直接管理者であり、右目的を達成するための一切の管理作用を行なうべき義務と権能を有し、下級官庁の長にその庁舎の管理権限を委任することができることはいうまでもない。そして、前記「郵政省庁舎管理規程」はこのことを明確化したものといえる。そうとすると昭和局長は本件掲示板を含む昭和局庁舎の管理者として、同庁舎の適正な管理を行なうべき義務と権能を有するものというべきである。昭和四一年一一月八日の前記一括許可は、昭和局長が右管理権に基づき行なつたものであるが、同時に国有財産法一八条三項の目的外使用許可にも該るものと解せられる。同条の許可については、同法一九条により二四条の、公共用、公用又は国の企業もしくは公益事業の用に供するための必要を生じたときには貸付契約を解除できるとの規定が準用されているが、本件一括許可のごとき原告において何らの私法上の権利をも有せず、昭和局長の管理作用の発動によつて事実上の利益を享受しているにすぎない場合、管理者は、庁舎管理本来の目的を逸脱しない範囲において、その裁量により許可の取消ができるものと解するのが相当である。

五(本件掲示許可取消の適法性)

昭和局長が昭和四七年三月一四日昭瑞支部に対し原告主張のごとき申入れをなし、その後原告主張のごとき各申入れ及び最終通告をしたこと、昭瑞支部がそれらに応じなかつたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に〈証拠〉並びに弁論の全趣旨を総合すれば次の事実が認められ、〈証拠判断省略〉。

(一)  前記「郵政省庁舎管理規程」の制定、実施に伴い、東海地方における組合掲示板の取扱いについて名古屋郵政局(現東海郵政局)と原告東海地方本部との間で昭和四一年四月二一日交渉が持たれたが、その席上、郵政局側は、組合掲示板は一局所一箇所の原則でのぞむ旨言明し、地方本部側の追及に対しても右原則を撤回せず、ただ一括許可制移行に際して一挙に掲示箇所数を減らすようなことはしない、従来の実績は認める旨の発言をなした。

(二)  前述のとおり本件撤去以前、昭瑞支部は昭和局長から一階掲示板及び本件掲示板の双方を掲示場所と指定されて両掲示板に組合掲示物の掲示を行なつていたが、両掲示板の使用方法としては、一階掲示板には主に交渉事項、上部団体からの周知事項、組合行事の周知など緊急に組合員に知らせた方がよいものを、本件掲示板には催し物などの長期にわたつて周知させるべきポスター類など主としてあまり緊急性のないものをそれぞれ掲示し、両掲示板に同一の掲示物を掲示することもしばしばあつた。また、本件掲示板が設置されていた食堂の利用者は必ずしも多数ではなく、一階掲示板の方が職員の目に触れやすい場所に設置されており、確実に組合員に周知させるべき掲示物については一階掲示板に掲示するようにしていた。

(三)  昭和四七年二月二一日昭和局庶務会計課大島主事は昭瑞支部原田執行委員に対し「組合掲示板は、ともに痛んで汚れており美観上不体裁でもあるので取り換える。特に本件掲示板はひどいので廃棄し、一階掲示板は従来の倍くらいに大きくして、かつ、場所を変更しその一箇所についてのみ許可する。」旨伝え、原田執行委員は「執行委員会で報告する。」旨答えた。次いで同月二三日、同執行委員は同主事に対し「食堂内掲示板は既得権であり存続を望む。」旨申入れ、これに対し同主事は「食堂内掲示板はき損して不体裁であるし、職場環境改善の一環として食堂を整備する方針であるから理解されたい。」旨説明し、双方歩み寄るところがなかつた。同年月九日市橋庶務会計課長は、同執行委員らに「前に通告した掲示板の整備統合について近く実施する。掲示箇所は西側の集配課入口上部にする。」旨通告し、これに対し同執行委員は「大島主事に要望したとおり、東側雑務室入口上部(湯沸室入口上部)にされたい。」と申入れ、同課長は検討する旨答えた。翌一〇日、大島主事の後任者である榎本主事は、同執行委員に「掲示箇所は一階東側雑務室入口上部にする。」旨回答し、同執行委員はこれを了解した。その後、同月一四日の前記通告の際、榎本主事と同執行委員の間で本件掲示板撤去についての話合いが行なわれたが、双方相譲らず、次いで同月一八日、二五日、三〇日の三回にわたつて同主事らと昭瑞支部との間で交渉が持たれ、同主事らから一局所一箇所ということも撤去の理由である旨の説明が付加されたほか、結局双方了解に達することなく、本件撤去に至つた。

(四)  本件撤去の当時、昭和局では環境整備を積極的に推進するため役職者の会議や各課における朝礼の際に局の右方針を職員に周知させ、職員休憩室の卓子、椅子の更改、食堂戸棚の配備、衛生室の寝台の更改さらには自動うがい器、洗顔器の配備など各種備品類の新規配備や更改を行ない、局舎内壁の塗替えなどを実施した。(本件撤去後食堂内の壁面の塗替えも実施された。)ところで、当時の昭和局における掲示板は、本件掲示板のほか局舎通用玄関内に省、昭瑞支部及び全日本郵政労働組合昭和支部にそれぞれ一箇所ずつ掲示場所として指定してあつたが、本件掲示板は塗装が剥げ、モケットも取れており、亀裂が生じて裏板も浮き上がつている状態で相当程度汚損き損していたので、掲示板の規格を統一して一階職員通用口に掲示場所を統合したうえ新しい掲示板に切り替えていくこととした。これに伴い一階掲示板は従来九〇センチメートル×一二〇センチメートル程度の大きさだつたものが一二〇センチメートル×一六〇センチメートルの大きさのものに拡大された。さらに、組合事務室として使用されていた図書室から戸棚三個と図書を他に移転して、同室を広くし使用しやすいようにした。

(五)  右認定の事実によれば、本件掲示板はかなり汚損き損していたが未だ廃棄せざるを得ないほどであつたとは認められないが、本件掲示許可の一部取消は、環境整備の一環として掲示板の規格を統一し、設置場所の統合を図るために行なわれたもので、必ずしも庁舎管理本来の目的から逸脱するものといえないから、昭和局長が右取消につきその裁量権の範囲を逸脱し、裁量権を濫用したものとは到底解しえない。

なお、本件掲示許可が行政財産の許可使用又は特許使用に該らないことは前認定の事実よりして明らかであるから、この点についての原告の主張は採用しえない。

六次に、原告は本件掲示許可の一部取消による掲示板撤去は、原告の組合活動上不可欠である本件掲示板使用を妨害するもので、原告の組合活動に対する不当な支配介入であるから、不当労働行為に該る旨主張するので、その点につき検討する。

昭和局及びその上局たる東海郵政局は、組合掲示板は一局所一箇所が原則である旨の方針をとり、右方針を本件撤去の一理由としていることは認められるが、本件掲示板には主に緊急を要しないものが掲示され、一階掲示板に掲示されているものと同一の掲示物を掲示することもしばしばあつたこと、設置場所としては一階掲示板の方が職員の目に触れやすいこと、本件撤去に際し一階掲示板を相当程度拡大し、組合事務室も使用しやすくする等代償措置を充分に講じていること、さらに、本件撤去に至るまで昭瑞支部に対し再三にわたつて事情の説明を行ないその了解を得るよう努力した経緯等に照らせば、昭和局長は前記環境整備の目的と昭瑞支部の組合活動上の利害との調整を図つて、昭瑞支部が本件撤去により蒙る不利益を最少限に留めるための配慮を尽したうえ本件撤去に及んだものと認められ、本件掲示許可の一部取消について前認定のように裁量権を逸脱したものとはいい難く、まして、本件掲示許可の一部取消が原告の組合活動に対する支配介入になると解することはできない。

七(予備的請求について)

昭和局長の本件掲示許可の一部取消による掲示板撤去が裁量権の範囲を逸脱せず、また、原告の組合活動に対する支配介入にもならないことは前述のとおりであり、他に本件撤去が違法に原告の団結権を侵害したものと認むべき証拠もない。

したがつて、原告の国家賠償法一条及び民法七〇九条、七一五条に基づく予備的請求は失当といわざるを得ない。

八以上の次第で、本件撤去には何らの違法はないから、原告の本訴各請求は理由がないので失当としてそのいずれをも棄却し訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(小沢博 渕上勤 前坂光雄)

別紙 昭和郵便局図面〈省略〉

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